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2010.03.30クラシックカメラ

私事ですが写真撮影の趣味が高じて、10年ほど前から機械式のクラシックカメラ(というと聞こえが良いのですが、早い話が中古カメラです)を集めてきました。 休日になると外出のたびにカメラを持ち出し、撮影が終わったモノクロフィルムを自分で現像することに熱中しました。(もっぱら被写体がウチの子供だったため、成人間近になってしまった最近では御無沙汰していますが…。) 手元にあるクラシックカメラのなかには半世紀以上前の古いものもあります。(製造後50年以上経過したものをクラシックカメラの定義とするという説もあります…。) 自分の年齢よりも古いカメラをメンテナンスして、ちゃんと写真が撮れた時の達成感には、病みつきになる嬉しさがあります。 自分の元にやって来るまでに、どんな人達の手を渡ってきたのか、使い込まれたボディを擦りながら想いを馳せるだけでも楽しいものです。 キチンと手入れをしてコンディションを整えてやれば、現役の仕事をして応えてくれる。 そして現代の製品に見失われがちな「味わい」というべき質感を持っていることに、一層の愛着が湧いてきます。


最盛期を迎えた頃のクラシックカメラが持っている、写真を撮影するという目的のために必要な基本性能を追求した結果辿り着いたデザインには、洗練された普遍的な機能美を感じます。 その基本デザインは現代のデジタルカメラにも踏襲されています。 その理由は操作性の良さと、見慣れたカメラらしさ(認識性・親しみやすさ)でしょうか。 一度確立された価値あるスタイルはどんな時代になっても認められるということでしょう。 その意味では、日本人にとって馴染み深い和風住宅とも共通点があるように思います。


カメラの薀蓄を傾けていると、ボディは金属製に限るという意見がでてきます。 プラスチック製も金属製も表面は塗装やメッキで仕上げられていて、素地が見えているわけではないので見かけはさほど変わらないのですが、手にした時の触感や質感が違うのだとか。 長年使い込むうちに塗装が剥がれ、ボディが削れてくることもありますが、プラスチック製のカメラはみすぼらしくなるだけ、一方金属製のそれは風格すら感じるという有様です。 まるで木造建築における、集成材芯の貼り物と無垢材の違いを論じている様に似ていて、おもしろく感じます。



個人的には絶対金属製主義というわけではなく、軽くて扱いやすいプラスチック製カメラも実用品としていくつか持っています。 たしかに使い込まれて年季の入ったプラスチック製カメラの風貌は単純に古いという印象が強くなり、風格を感じるものは少ないように思います。 ですが「あばたも笑窪」という言葉もあるように、カメラ自体が気に入れば、見かけなど問題にならなくなるものです。 あれ、こんなコメントでは無垢材にこだわらなくても貼り物集成材でもいいじゃないか、というお話になってしまうのでしょうか。 気持ちとしては愛着を持って手を掛けていれば、古いものにも価値が見出せる、ということが言いたかったのですが。

愛好家がいる限り、今後もクラシックカメラは活かされ続けるでしょう。 唯一の心配は撮影用のフィルムがいつまで供給されるかということ。 デジタルカメラの性能と利便性の著しい向上におされて、撮影用フィルムの需要は激減しています。 フィルムメーカーも淘汰され、現在細々と販売されている撮影用フィルムも、いつ生産中止されてもおかしくない状況です。 カメラ本体が完動品でも撮影用フィルムがなければ役に立たなくなってしまいます。 観賞用のコレクションを集めているつもりはないので、何とか実用品として活躍できる機会をつくっていきたいと思っています。(投稿者:M.H)

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